大判例

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大阪高等裁判所 昭和32年(ラ)34号 決定 1957年4月23日

抗告人(申立人) 山本忠治

相手方(被申立人) 神戸市長

主文

本件の抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人は「原決定を取消す。相手方が抗告人に対してなした原決定添付目録記載の仮換地指定処分に基く昭和三一年一月一八日付神建西整補第一五号建築物等移転(除却)通知書による左記表示の建築物に対する除却期間昭和三一年四月三〇日の移転(除却)処分は本案訴訟判決にいたるまでこれを停止する。

建築物の表示

神戸市兵庫区大開通一丁目一五番の二

木造瓦葺二階建    一棟    一戸

建坪延数   一三一坪三合二勺」

との裁判を求め、その抗告理由は別紙抗告理由書記載の通りなので案ずるに(一)本件行政処分の執行によつて抗告人が償うことの出来ない損害を蒙るものでないとの点に関する当裁判所の認定事実と判断は原決定の理由と同一なので右理由を引用する。右認定に牴触する抗告人の主張事実は本件の証拠では認めるに足りず、従つてこれを前提とする抗告人主張の法律論はいずれも採用出来ない。(二)行政処分執行停止申請事件の審理においては処分の執行に因り生ずる償うことの出来ない損害を避けるため緊急の必要の存否を調査すべきであつて、行政処分の当否やその効力の消滅の如き事項は審理の範囲に属しないものであるから、本件行政処分行為の法的根拠が最早無に帰したとの抗告人の主張は本件抗告の理由としては失当であり、従つて右主張を前提とする抗告人の憲法違背の主張は採用出来ない。

右の次第で本件抗告はその理由がないのでこれを棄却し、抗告費用は抗告人の負担すべきものとし主文の如く決定する。

(裁判官 田中正雄 神戸敬太郎 松本昌三)

申立の理由

一、原審裁判所は申立人の申立を却下する理由として被申立人が別紙目録記載の仮換地指定処分に伴い従前土地上に存する申立人所有の木造瓦葺二階建一棟建坪一三一坪三合二勺に対する移転除却処分は金銭的補償を以つて充足可能であるから行政事件訴訟特例法第一〇条の処分執行に因り生ずべき償うことのできない損害と認められないとし更に其の理由として右家屋の移転は其の一部を除却することによりて仮換地上に収容可能であり且つ其の附近には申立人が別個に経営する旅館福寿荘の存することを挙示しているのであるが所謂旅館営業の如きは其の場所地域位置と旅館営業形態の内容とがマツチして初めて其の効用は一〇〇パーセント発揮せられるものであつて本件の如きも福寿荘旅館の如く稍々高級に属するものは比較的静ひつなる地域に有することがより能率を高揚するも本件従前土地上に存する新神戸旅館営業は専ら大衆を対象として安易簡直を主眼として経営せるものであるから直接大衆の眼に直射することを生命とする場所に存してこそ其の効用を万全に発揮し得るものであつて夫れが為めには本件従前地上に存すること、被申立人の主張する換地上に移転せられることとは経済的にも信用上に於ても雲泥の差異を有するものであつて而も一度現在場所を移転するに於ては過去に於て獲得した新神戸旅館としての信用価値は一変して泥土の如く葬り去られるのみならず後日再び申立人が勝訴して現在場所に回復の時期を得ると雖も同地点が南北大道路と東西道路の西南角に存する為め一度解放せられた交通道路を遮蔽する状況下に置き替えることは云うべくして行われ得ざることは何人にも容易に肯定し得られるもので其処に申立人が緊急避け得ざる損害(経済的信用的)を防止する為め本申立を為したるに拘らず原決定は極めて安価なる形式的な観察に立脚して凡てのものは経済的価値に換算し得るものなりとの安易な判断を為せるものであるが若し原審裁判所の如き判断が許されるならば仮令貴重なる人命又は人間の声価大商人の社会的評価も凡て金銭的に換価し得ざるもの無く其の結果は行政事件特例法第一〇条に所謂「償うことの出来ない損害」の規定は永久に空文に帰するものにして斯の如き不合理非合法なる判断は同時に憲法の規定に違背し憲法の精神を蹂躙するものと云わなければならない

憲法第一四条は国民平等の原則を規定し一般国民は何人も法の前に平等の権利を保障せられていることは顕著な事実で申立人が此の平等の原則に基いて本件換地処分取消の行政訴訟を提起せることは原決定の理由中に摘示し認定する処であつて本件行政処分執行停止の申立も実に之を根拠とするものであるに拘らず原決定が此の重大なる根本原則と遊離したる判断を与えたることは正に憲法に違背するものと云うべきである

二、被申立人の本件行政処分行為については原決定の理由に摘示したる違法の存するものである

被申立人は同人が発したる昭和三一年一月一八日付神建西整補第一五号建築物等移転(除却)通知書により本件家屋に対して行政処分を執行しようとするものであるが被申立人は前記通知を発したる後の昭和三一年三月七日付神建西整補第一二八号除却命令書を発して同一内容の同年四月三〇日限り本件家屋の除却を命じたるものであるが右は申立人が前記一月一八日付の被申立人の通知に対して申立人に於て任意家屋の移転(除却)の意思無きことを回答したるにより被申立人は急拠より強力なる右三月七日付の知事委任命令による除却命令書を発するに至つたのであるが右両者は全然其の内容は同一であつて同一行政処分行為が重ねて為される場合に於て之が撰択的行政処分行為である旨の明文の存しない以上先行々為が後行々為に移行せられて其の存在を喪うことは行政法上の原則である。而して前記除却命令が其後被申立人に於て取消され其後に於て被申立人の発したる原状回復命令も又被申立人に於て取消したることは原審裁判所に提出したる疏明書類により明白なる処にして然らば被申立人が本件家屋に対して為さんとする行政処分行為の法的根拠は最早無に帰したるものであるから原審裁判所は他の判断を俟つ迄もなく被申立人の行政処分行為は須くその執行を停止せらるべきに拘らず原審裁判所が其の判断を遺脱して右趣旨に反する決定を為したることは違法であつて同時に凡ての法令に委任した憲法の精神を蹂躙したる憲法の条章に違背したるものと云わなければならない

(別紙省略)

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